緑界のアレロパシー








そこにアスパラがあった。



アスパラガス (Asparagus)は、被子植物単子葉植物に属する多年生草本植物。
クロンキスト体系ではユリ科に含めているが、
分子系統学によるAPG植物分類体系ではクサスギカズラ科に属し、雌雄異株である。

グリーンアスパラガス、ホワイトアスパラガス、最近では紫のアスパラガスなど新種も多く登場しているが、
遠い昔の伝承に黄金のアスパラガスというものが存在するのをご存じだろうか?


――千年に一度、とある孤島で芽を出す。
――煎じて飲むと不老不死になる。
――世界の終焉の前触れである。
――手にすると莫大な富が手に入る。


その希少性故様々な伝説が独り歩きする中、世界中の冒険者がその存在を求めたが、彼らの消息はことごとく途絶えている。
それらの事実が相まって、黄金のアスパラガスは伝説の食糧としてその名を知らしめているのである。





・・・そして私もまた、そんなアスパラガスハンターの一人であった。

「毎日アスパラばっかりで、流石に飽きが回ってきますわー…」

青いスカートを潮風に靡かせて、緑色のそれをひきつった顔で貪る私の相棒。
口を忙しそうに動かして話すものだから声がこもって聞き取りづらいったらありゃしない。

「嫌なら食べなければいいだろう」
「他に食べ物があるならそうしてますわよ!うぅ…」



アスパラガスハンターの朝は早い。
荒波に揺られて目が覚めるのも最初のうちはとんでもなく不快極まりないものだったが、3年と続けていれば流石になれてくる。
相棒は未だに文句を言うが、沖合10000kmの大海原でどうするつもりかと問うと黙る。放り出そうか?と問うと泣く。

朝食は、出航当初はパスタやパン、肉、米と、贅沢な日々を送っていた。それはもうセレブ並の食事だった。
今はひたすら昔の自分が恨めしい。数か月で食糧は底をつき、今は調査先で大量に仕入れたアスパラガスが主食である。
パンくらい仕入れればいいじゃないと、そう思うだろうが侮ることなかれ。
私たちが調査しているのは専ら人の住まない島、いわゆる無人島である。
食べられるかどうかも分からないキノコ、木の実なら生息していなくもないが、流石に命は惜しい。
そこで頼りになるのがアスパラガスである。
アスパラガスの生息率が高い島をしらみつぶしに訪れている為、幸いというか不幸にもというかアスパラガスには困らない。

…まぁ要するに、アスパラうめーってこと。泣いてなんかない。


「それもこれも、次の島で黄金のアスパラが見つかればいいことだ」
「前の島でもその前の島でも同じこと言ってましたわよね…」
「だが、今回は本物だ。これを見ろ」

テーブルに叩きつける紙切れ。これこそが先日本部から届いた黄金のアスパラガスの有力情報である。
あ、本部というのは私たちに黄金のアスパラガス捜索を命じた憎んでも憎み足りない祖国の政府のこと。
もともと優秀な冒険家であった私たちはその才能を政府に買われ、この途方もない大海原へ送りとばされる。
というのも、黄金のアスパラガスはその存在自体が莫大な富と栄誉をもたらすとされている。
外交に、内政に、あらゆる分野においての伝家の宝刀として懐に置いておきたいという思考は各国に満遍なく浸透しているのだ。
そこで祖国が目をつけたのが遺跡の調査で各国に飛びまわっていた私たちというわけである。

「雲に隠された東の島 絶壁に構えるさわがにをまたぎ アイリスの橋を越えた先 そこに黄金の石勺柏あり…」
「古代文字をいとも簡単に読解とは流石だ」
「これくらい朝飯を通り越して夜食前ですわね。文章の意味はわかりませんけど…」
「ふむ、この文書が発見された土地から島の方角はある程度割り出せるとして…後は何かの暗号か?」

石勺柏というのはアスパラガスのことを指すのだが、それ以外の事象に関しては正直さっぱりだ。
まず雲に隠された東の島。当該地域に島があるなんて聞いたこともない。
そして絶壁のさわがに、アイリスの橋。あえて言おう、なんじゃそりゃ?

「読み違えてるんじゃないか…?」
「私(わたくし)の解析が信用できないとおっしゃるんですの!?」
「いや、まぁ、それはないよな…はぁ」

柄にも無くため息なんざついてみるが、ただ虚しくなるだけだった。




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当該海域。

やはりというか、予想通りというか、島らしい島を発見できず船は海上を漂っている。
毎回目的の島だけはすぐに見つかっていたものだからこんな事態は前代未聞だが、相棒は余裕かましてアスパラをもぐもぐ。
飽きた飽きた言うわりには食欲だけはあるんだよなこいつは。

「まだ見つかりませんのー?」
「見つかってたらとっくに報告してるだろう。アスパラ食ってないで、何か知恵はないのか?」
「そんなものがあったらとっくに報告してますわ」

口だけは達者だから困ったものである。



雲に隠された東の島。隠されるどころか、雲ひとつない快晴がなんとまあ恨めしいことか。
昔の人も、こんな粋な書き方しなくてもストレートに地図なりなんなり書いてくれればいいものを。
アスパラガスを一本かじり、双眼鏡を覗いてはかじり、覗いてはかじり。以下無限ループである。
本隊(といっても二人だが)の知恵担当、相棒は長期にわたるアスパラ地獄に脳をやられて思考能力が低下中、
私自身もアスパラの毒に蝕まれ、もしかしたら眼力が残念なことになってるのかもしれない。
早くも今回の旅に暗雲が立ち込めてきたわけだが…



「・・・!?」

思考が思わず止まるほどの、あまりに急な大揺れだった。船旅で揺れには慣れているつもりだったが、今回はその限りではない。
そうだな、年に一度あるかないかの大嵐のような連続的な揺れだ。
立っていることはおろか、モノにつかまっていてもその場に留まることができない。

「な、なんなんですのこの揺れは。どういう操縦をしてらっしゃるんですの!?」
「どんな荒い操縦したらこんなに揺れるんだ。そんなことより原因をっと」

バランスを崩してそのまま転倒、仰向けになる。…そのおかげで、とんでもない光景を目の当たりにすることになろうとは。

「おい、見ろよあの空」
「こんなときに空なんてどういうつもりで・・・」


蛇がとぐろを巻くように渦巻く黒雲、真っ白な絹糸のように走る断続的な稲妻。
それだけならただの嵐であり、そんなものは航海で何度か経験だってしたこともある。
…問題はその雲の外部が綺麗さっぱり快晴だということ、そして雲の中心部が竜巻のように海面と接していること。
そして、まるで私たちの船に覆いかぶさるように追跡してくることである。

ははは、これじゃ漫画の世界だな。黄金のアスパラガスを求めてこんなバカみたいな境遇に陥るとは驚きを通り越して呆れる。


「あれは一体どういうことですの…」
「テンプレ通りの反応をありがとよ。そら、久々に面白くなってきた、舵を取るぞ」

ひたすらさざ波に揺られる航海で退屈していたところではある。これくらいのサプライズは冒険家としてはいい刺激だ。
幸い雨は降っておらず、視界は良好。風は殆どないが、船はわしづかみにされてぐらぐら揺さぶられているような状態。
船体がみしみしと悲鳴のような音をあげている。こんな音はかつて聞いたこともない、破損してもおかしくない轟音だ。
所詮天候のくせにやってくれるじゃないか。そっちがその気なら、こっちにだって考えがある。

「帆をたたんでくれ。あとは私に任せてアスパラでも食ってるといい」
「口の中が青臭くてもう限界ですわ…」
「じゃあ食うな、いいから帆をたたむ準備だ」
「うぅ…了解ですわ。でも、そんなことをしたら簡単にあの化け物黒雲に呑みこまれてしまいますわよ?」

結論からいえばそれこそが私の狙いだ。どんな状況になっても冷静な判断力が冒険家には問われる。
…私は、あの文書を忘れたわけではない。



―――雲に隠された東の島



今目の前に海をも覆い尽くす黒雲が天を喰らわんと渦巻いてる。
この海域に島の目撃例はない。もしそんな雲のような島が存在するとするなら…

「ちょっと!このままでは雲に突っ込んで・・・きゃっ」
「しっかりつかまってろよ。このまま前進だ」
「正気ですの!?あんなところに突っ込んだらこんな小船バラバラですわよ!」
「そんときゃそんときだ。お前もアスパラまみれの生活はもう懲り懲りだろう?」
「そういう問題ではないですわよぉ…」


進路をとればあとは直進するのみだ。

ぐんぐん近づく黒雲竜巻。
揺れでぶんぶん振りまわされる相棒。
食糧庫から投げ出される色とりどりのアスパラ。
めきめきと音を立てて倒れるメインマスト。

よく、死に際は世界がスローモーションで見えるというが、まさに今がそんな感じか。


「死んだら毎日枕元で祟ってやりますからね」
「お前が死んだら私も死ぬだろうよ。マストも折れちまってもう引き返せない、覚悟を決めるんだな」
「あぅぅ…。さようなら、平穏な旅…」





相棒の覚悟も決まったところで視界が暗転する。はっきりと見えていた船首が次第に見えなくなり、相棒も見えなくなり。


そして、視界は完全に途絶えた。














-あとがき-

何これ(おまえ
連載になるらしいです。うそでしょ?
一応完結させる案は一通りあるのですが・・・だってねぇ、アスパラって。

以下没案
・聖剣アスパラガス
・明日はパラダイスな気がする
・アスリートパラドックスガス



※以上の文章は談話室第一回競作企画の参加作品です。うそだろ?(おわり


 

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